【導入】なぜ「人的資本経営」が叫ばれる中でエンゲージメントは上がらないのか
近年、多くの企業で「人的資本経営」という言葉が飛び交い、人材をコストではなく「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことの重要性が語られている。その実現に向けた重要指標として「エンゲージメント」が注目を集めているが、あなたの組織ではどうだろうか。サーベイを実施してスコアに一喜一憂するだけで、具体的な改善策を打てていないのではないだろうか。
中小企業の経営者や人事担当者から「若手がすぐ辞める」「社員のモチベーションが低い」という嘆きをよく耳にする。しかし、厳しい言い方になるが、エンゲージメントの低下を社員の個人の資質や「今どきの若者だから」という理由に帰結させてはならない。エンゲージメントの低迷は、紛れもなく「経営課題」そのものである。
本稿では、ビジネスの現場で数多くの組織開発に携わってきたコンサルタントの視点から、エンゲージメントが低い組織に共通する3つの経営課題を浮き彫りにし、その処方箋を提示していく。
【現状分析と課題】エンゲージメントを蝕む3つの「経営の怠慢」
エンゲージメントが低い組織の深層を探ると、以下の3つの課題が必ずと言っていいほど潜んでいる。
- 目標が曖昧で「何のために働くのか」が見えない
- フィードバック文化がなく、成長実感がない
- マネジメント層のスキル不足とプレイングマネージャー化
これらは現場で日々起きているリアルな問題だ。
1. 目標が曖昧で「何のために働くのか」が見えない
一つ目は、組織と個人の目標が曖昧であることだ。経営理念やビジョンが額縁に飾られているだけで、現場の業務に紐づいていない企業は驚くほど多い。
例えば、営業現場で「今月の売上目標は1,000万円だ」と数字のノルマだけが上意下達で降ってくるケース。社員は「なぜその数字が必要なのか」「この仕事が社会や顧客のどんな課題解決に繋がっているのか」を理解できないまま疲弊していく。自らの業務の「意味(パーパス)」を感じられなければ、組織への愛着や貢献意欲が湧くはずがない。
2. フィードバック文化がなく、成長実感がない
二つ目は、日常的なフィードバック文化の欠如である。半年に一度、人事評価の時期だけ形式的な面談が行われ、普段は上司から何の声がけもないという職場は危険だ。
ビジネスの現場では、日々の小さな業務の積み重ねの中で「どこが良かったのか(承認)」「次どうすればもっと良くなるか(改善)」というリアルタイムの対話が不可欠である。フィードバックがない環境に置かれた社員は、「自分は組織から期待されていない」「見てもらえていない」という孤立感を深め、やがて静かに退職届を出すことになる。
3. マネジメント層のスキル不足とプレイングマネージャー化
三つ目は、マネジメント層のピープルマネジメント・スキル不足だ。中小企業にありがちなのが、個人として優秀な営業成績を上げたプレイヤーを、そのまま管理職に引き上げてしまうケースである。
彼らは「自分でやった方が早い」と考え、プレイングマネージャーとして実務に忙殺されている。その結果、部下と向き合う時間を削り、傾聴やコーチングといった組織開発に必要なスキルを学ぶ機会も与えられていない。マネージャー自身が疲弊しきっている背中を見て、若手が「あんな風になりたい」とエンゲージメントを高めることは到底不可能である。
【経営と個人の責任】「環境整備」と「自律」の双方向アプローチ
これらの課題を解決し、真の人的資本経営を実現するためには、経営側と現場の個人、双方からのアプローチが求められる。
経営が果たすべき責任:制度と環境への投資
まず経営陣は、マネジメント層への教育投資を最優先で行うべきだ。プレイヤーからマネージャーへのトランジション(移行)を個人のセンスに依存してはならない。1on1ミーティングを制度として組み込み、対話の質を高めるためのトレーニングを実施しよう。また、全社のビジョンと個人の目標を接続するための対話の場を意図的に設計し、「心理的安全性」を担保したフィードバック環境を構築することが経営の責務である。
個人が持つべきマインドセット:受け身からの脱却
一方で、社員側も「会社がエンゲージメントを高めてくれる」というお客様体質から脱却する必要がある。与えられた業務に対して、自ら意味づけを行い、自分のキャリア目標と会社のビジョンを重なり合わせる「ジョブクラフティング」の視点を持つべきだ。経営が対話の場を用意したなら、個人は自らの強みや課題をオープンに開示し、自律的にキャリアを切り拓く気概を持つことが求められる。
【結論】今こそ、対話から始めよう
エンゲージメントは、一朝一夕で向上する魔法の指標ではない。組織開発とは、泥臭い対話の積み重ねであり、経営の覚悟が問われる終わりのない旅である。
人材は消費する「コスト」ではなく、投資によって価値を生み出す「資本」だ。もしあなたの組織がエンゲージメントの低迷に悩んでいるのなら、まずは経営者であるあなた自身が、現場のマネージャーや社員と本音で対話する時間を確保してみてはいかがだろうか。
問題から目を背けず、自社のマネジメントの現状を直視すること。それこそが、組織を蘇らせ、持続的な成長を実現する力強い第一歩となるはずだ。今すぐ、あなたの組織の「対話の質」を見直す行動を起こそう。